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東京地方裁判所 昭和43年(合わ)195号 判決

被告人 町山章

主文

被告人を懲役四年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となる事実)

被告人は埼玉県の久喜中学校を卒業して、地方廻りの劇団の役者や工員をした後、昭和三七、八年頃に浅草に出て来たが、定職に就かずに徒食し、昭和四二年五月頃からおでんの屋台を借りて、内妻とともにおでんを商つたりしていたものである。

ところが被告人は、昭和四三年六月二〇日過ぎ頃内妻と喧嘩をして同女が実家に帰り商売ができなくなつたため、適当な女性を見つけて関係をつけ、情婦にしておでん屋台の商売を手伝わせようと考え、これを当時交際していた屋台の貸主の実弟である高崎五郎(当一八年)に話したところ同人もこれに賛成した。そこで、被告人は、同月二六日午後一〇時三〇分頃右高崎五郎と東京都台東区浅草六区内の東映映画館前付近で適当な女性を探していたところ、偶々同所を通りかかつたキヤバレーのホステス岩本A子(当二二年)、同牧田B子(当二〇年)を認めたので、同女らに対し「お茶を飲みに行こう。」と執拗に誘いかけ、一旦付近の喫茶店に入つた後、「話があるがここではできない」と口実をもうけて同店を出て、二人の女性を離れ離れにさせ、被告人が牧田B子を右高崎五郎が岩本A子を各々姦淫する意思で、二組に分かれて国際通りの方へ向かつた。その途中被告人は右高崎五郎から、被告人宅の鍵を貸してくれと言われたので、同人が被告人の部屋に岩本A子を連れ込んで姦淫しようとしていることを知り、自分も右牧田B子を姦淫するために旅館に連れ込もうとしたが同女に逃げられてしまつた。

そこで被告人は前記高崎五郎が連れて行つた岩本A子を姦淫しようという気になり、直ちに自己の借間先である同区花川戸一丁目八番一〇号岩田方に行つたところ、高崎五郎がすでに同女を姦淫し終つて二階から降りて来て被告人にも同女を姦淫しないかと勧めた。それで被告人は同女を姦淫する意思を固め、右高崎五郎が外出した後、同日午後一二時前頃一階の鍵をかけて二階の被告人の居室である四畳半の間に入つたところ、右岩本A子が隙を見て部屋から飛び出し階段を降りて戸外に逃げようとした。そこで被告人は、同女に対し「馬鹿、鍵がかかつているんだ。どこへ行つても同じことだ。ふざけるな。上つてこないとぶつとばすぞ。」と怒鳴りつけて同女を脅迫して畏怖させ、同女を右四畳半の間の布団の上に押し倒し、同女の反抗を抑圧したうえ無理に姦淫した。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一七七条前段に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役四年に処し、同法二一条を適用して、未決勾留日数のうち六〇日を右の刑に算入することとする。

(共謀による強姦致傷罪の公訴事実について単独の強姦罪だけを認めた理由)

検察官は、被告人が高崎五郎、井上照男、菊池広巳外二名位と共謀のうえで順次同女を強いて姦淫し、その結果通院加療約一週間を要する処女膜裂傷等の傷害を負わせたのであるから、被告人の行為は共謀による強姦致傷罪を構成すると主張するけれども、被告人の公判廷における供述、検察官に対する昭和四三年七月一三日付供述調書、司法警察員に対する同年六月二八日、七月一〇日付各供述調書によれば、被告人と高崎五郎が適当な女性を探し始めた時点においてはもちろんのこと、岩本A子、牧田B子を喫茶店に誘い込んだ段階においても、被告人と高崎五郎が姦淫しようとする相手はまだ特定しておらず、両名が共同の意思の下に一体となつて共に他人の行為を利用し各自の姦淫の意思を実行に移すことを内容とする具体的な謀議をしたとは言えない。更に被告人が牧田B子を、高崎五郎が岩本A子を伴つて喫茶店を出て国際通りへ向かつて歩き始めた時点においても、被告人ら両名が各自の連れの女性をそれぞれ異つた場所に連れ込んで姦淫しようとする意思であつたことが明白に認められるので、被告人が姦淫しようとした相手は前記牧田B子であつたのであり、被告人と高崎五郎との間に岩本A子を姦淫する謀議が成立したと見るのは著しく不自然である。

次に検察官は、被告人と高崎五郎の間に事前に共謀がなかつたとしても、被告人が同人宅に戻つてからの行為は、高崎五郎の強姦致傷の行為との承継的共同正犯であると主張するけれども、前掲各証拠および岩本A子の検察官に対する供述調書によれば、被告人が同人宅に戻つた時点では、高崎五郎の岩本A子に対する強姦致傷の行為は既に終了していたのであり、被告人が一階の戸を叩いた際には高崎五郎は二階から下りて来て鍵を外してくれたことが認められる。そして、被告人が同女を強いて姦淫する意思で四畳半の部屋にはいつたときには、岩本A子は身仕度を整えて座つていたこと、その後同女が階段を降りて逃走を試みたことからも、被告人が高崎五郎の実行行為の継続中にこれに加功したものではないことが認められる。従つて、被告人の行為は、強姦致傷の承継的共同正犯を構成するものではない。

尚検察官は、被告人は、被告人の後に岩本A子を強いて姦淫した井上照男ほか三名とも共同正犯の関係にあると主張するけれども、前記の各証拠によると、被告人は自己の強姦行為の終了に至るまで井上照男らが現場に到着したことを知らず、同人らが被告人に引き続いて岩本A子を姦淫する意思があつたことを知らなかつたことが認められるから、右井上らの姦淫行為は、被告人の右姦淫行為とは独立して行なわれたものであり、被告人は同人らの行為について共同実行の責任を負うべき限りではない。

そこで主文のとおり判決する。

(裁判官 浦辺衛 宮本康昭 平沢啓吉)

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